働かずに一年くらい自由に過ごしてみたいと思ったことはありませんか?それを実際にやってみました。そして色んなことを学び、感じました。今回はその経験談を話してみようと思います。
ただ、自由は様々な意味で解釈できると思いますが、本記事での自由は「会社をやめて独立、自立して一人で自由に生きていける状況」のことを意味します。
自由に過ごした平成最後の年
退職後、2018年は本当に色んなことがありましたが、自分にとってはこれまで考えてきた様々なことを試せた一年でした。
もうすでに令和元年の6月なので大分遅くなりましたが、去年一年間自由に過ごしてみてわかった本当の自由の意味について書いてみようと思います。
※過去に本ブログで会社員をやめて独立するという報告をしております。併せてお読み頂ければと思います。
結論からいうと、自由とは全て自分で考えて行動に移すことが可能かつ自分を律することができる人だけが手に入れられるものということです。
この気づきは本当に貴重なものと考えていて、人から聞いたり本から読んだりして頭でわかっているつもりのものとは全くの別物で、実体験に基づく「体で覚えた」貴重な感覚という感じです。
もちろん私もこの体験をする前から自己啓発書や意識高い系のインフルエンサーの発言などでよく聞いていたので頭では理解していたのですが、これが実際に体験してみるとあまりにも思い通りにいかなくて大変でした。
本当に簡単ではありません。本当に難しいです。
これまで自分がいかに楽をして生きてきたか、どれほど本能に忠実に居心地良い所ばかり求めてきたのかが分かり、強く反省しました。
もう一度まとめると、以下の2つができる人は自由になれます。
- 自分で考えて行動に移すことができる
- 自分を律することができる
それでは実際に一つずつ見ていきましょう。
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自分で考えて行動する
よくドラマや映画、小説などに定番として登場する、聞き飽きたフレーズです。
しかし、一見当たり前な「自分の頭で考えて自分で決めて行動する」が何故こんなにも世間でよく言われるようになったかというと、実際にやってみるとわかりますが、本当に大変でなかなかできないからです。
会社をやめた途端、いきなり自由になります。正確には誰からもこうしろああしろと言われなくなります。毎朝地獄みたいな満員電車に乗らなくていいし、やりたくもない仕事を無理してやらなくていいし、合わない上司や同僚に会わなくてすみます。面倒なしがらみも無くなります。
つまり、これはやりたくないことを強要されなくなると同時に「何をすればいいか」を教えてくれる人もいなくなるわけです。
この、「とりあえず何をすればいいか」を教えてくれるところが会社勤めの一番の恩恵とも言えますが、自分で悩みながら考える必要はなく、会社側が考えて用意してくれたアイディアとすでに金を生み出している事業に乗っかって指示に従って仕事をしていれば済むからです。
なんという楽チンな生き方!いい子を演じながら従順にやっていれば毎月決まったお金も貰えちゃうわけです。しかも給料は麻薬のようなものでなかなか抜け出せない中毒性もあります。
楽チンな上に気持ちよくしてくれる麻薬まで定期的に与えられるので、世の中にサラリーマンがこんなに多いのも当然のことです。
別にサラリーマンを否定するつもりはありませんが、人に指示されるのが苦手だったり組織で働いていて色んなしがらみに耐えられない人もいるので、多分この記事を読んでいる方もそういうタイプの方が多いかなと思います。
そういう人は自由を求めて会社をやめて独立したり、副業で事業を始めたりと、自立を目指すのだけれど、まずはこの「何をするか」「何からすればいいか」を自分で決めて行動しないといけません。
私の場合でもここが本当に難しかったです。一年間はブログの運営に専念したいと思って会社をやめて独立したのは良かったけれど、何をするにしてもまずはやるかやらないかから決めて、やると決めたらその後は何をすればいいか、どうすればいいかなどいちいち自分で考えて、決めて、モチベーションを保ちつつ、前に進むしかありませんでした。
しかもそれは成功が保証されているわけでもないし、安定したお金が発生するわけでもないし、全ての責任は自分にあるという前提でのことなので心理的ハードルはとても大きかったです。
レールが敷かれていてやることが明確な状況というのがいかにすごいことなのかがようやく理解できました。やはり会社というシステムはすごいなと改めて実感しました。
もちろん自分の意思とは関係なく会社が決めたものを一方的にやらされる状況から、自分で自由に決められる状況に変わったのは素直に嬉しかったけど、それに伴う対価は想像以上に大きかったです。
自由というのはよくも悪くも全てを自分で決めるものなんだということを、またその難しさを本の知識ではなく、実体験としてしっかりと学ぶことができました。
これは会社員をやっていて安全に守られている状況では決して会得できなかったものです。
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自分を律する
自由を手に入れるためのもう一つの条件は「自分を律することができる」です。
上で述べたように「何をすればいいか」「何からすればいいか」を自分で考えて決めることができたとしても自分を律することができなければ継続できなくなり、結局自由は手に入れられません。自分をコントロールできず、また他人に統治してもらう羽目になります。
私の場合もなんとか自分で考えて決めて行動までこぎ着けたとしても、自分を律することに何度も失敗し、継続できないことが多かったです。
一番わかりやすい例として、ブログ更新ですが、これがなかなかできません。継続できていません。頭では何をすればいいかわかっていても、いくつかの記事を生産して行動できたとしても、その後が続かないんです。
特にブログなんかは継続してこそ意味があるし、ブログで収益を上げることも目指しているのなら継続の重要性は言うまでもないですが、わかっていてもなかなかできませんでした。
自分を律することができれば継続することができて、ブログは今よりも大きくなって、徐々に収入も安定するようになり、心にも余裕ができて、自由にもっと近づけたかもしれません。
これはブログに限った話ではなくなんでも一定の成果を出すためには継続は必須ですし、その継続のためには自分を律する力は前提となります。
当たり前のことをずっとダラダラと書いている感が否めませんが、当たり前のことこそみんなできなくて困っていることです。
では、どうすれば自分を律することができるのか?ということに関しては、もっと自分で実験してみてある程度コツが掴めて成果も出始めたら記事にしたいと思います。
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結論
結局、自由を満喫しながらもその状態を維持するためにはそれ相応の能力と努力が前提となるということが身にしみてわかる一年でした。
人は理想は求めても、理想を叶うための壮絶な戦いは求めません。
なんでもそうです。
ある有名な人がこんなことを言っていました。
カッコいい体は、カッコいい体を夢見てるだけの人ではなく、毎日のようにジムに通い血の滲むような努力までも好きになれる人がカッコいい体を手に入れます。
出世は、出世を夢見てるだけの人ではなく、みんなが帰宅した後にも会社に残って会社のために尽くし、社内政治にも徹底的に参加し、むしろ社内政治をも楽しめる人が出世します。
芸術家は、芸術で富と名声を夢見てるだけの人ではなく、普通の人と自分が明らかに違っていて人の輪に入れてもらえなくても、お金がなくて食事すらまともに解決できなくても、安定なんかありえない波乱万丈な人生を送ってても、それすらも愛し、自分の芸術を貫く人が芸術家になります。
Youtuberは、Youtubeで有名になって金持ちになることだけを夢見てる人ではなく、寝ても起きてもYouTubeのことだけを考え、何時間にも及ぶ撮影と、途方もない時間の編集作業さえも大好きな人がYoutuberになります。
この流れで考えると、
自由は、自由を夢見てるだけの人ではなく、全てを自分で考え、自分で決め、行動ができ、楽したいという本能の大きな壁にぶつかってもしっかりと自分を律することができる人が自由を手に入れます。
結局、理想の明るい部分だけを好きになるのではなく、暗い部分までも好きにならないと理想は手に入れることができません。
以上が去年1年間色々やってみてようやく気づいた自由の本当の意味です。
自由を夢見ている人に少しでもお役に立てれば幸いです。